最近僕は、休憩室で時間を過ごすことが多かった。
テレビを観たり、マンガを読んだり、渡辺さんとお喋りをしたりしていた。
そんな中、気になる人物が一人居た。
いつも休憩室には入ってこようとせず、外の廊下から、テレビを観ている人がいた。
小柄で痩せていて、まだ幼さの残る顔立ちをしていた。
なぜか髪型は、ばっちりとリーゼントで決めていた。
いつも何やら、ブツブツと独り言を言っている。
向こうも、僕の事を気にしている様で、何かの折に触れ、互いの視線がぶつかる。
お互いに、意識しあっている様だ。
そんなある日の夕暮れ時、僕が休憩室で缶コーヒーを飲んでいると、リーゼントマンが僕に話し掛けて来た。
僕は、何だか嬉しかった。
「俺、本橋充。君、いつも缶コーヒー飲んでるよね。コーヒー、好きなの?」
「もうほとんど、中毒状態ですよ!コーヒーが切れると、落ち着かないんですよね。コーヒー飲むと、ハイになれるし。あ、僕、ひでまる。よろしく!」
「コーヒー好きに、国境は無いからね!よろしくね!」
僕は本橋さんに、好印象を持った。
コーヒー好きに、悪い人は居ないのである。
本橋さんは、僕に積極的にアプローチして来た。
「ひでまるさん、とっておきの物があるんだ!ちょっと、待っててね!」
そう言うと本橋さんは、自分の部屋へと戻って行った。
数分後、本橋さんは何やら瓶らしいものを持って、僕の所へ来た。
「これこれ。『ネスカフェ・ゴールドブレンド』!これで、ぶっ飛べるよ!」
本橋さんは紙コップ二つに、「ネスカフェ・ゴールドブレンド」の粉を入れ、お湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜた。
「これは、俺のおごり。一気に飲んじゃってよ!」
僕は勧められるまま、コーヒーを一気に飲み干した。
体中の細胞が一気に目覚め、心臓が激しく鼓動を打ち、僕は一気にハイになった。
本橋さんも続いて、紙コップのコーヒーを、一気に飲み干した。
僕たちが意気投合するのに、それほど時間は掛からなかった。
僕と本橋さんは、次の日のお昼過ぎ、一緒に散歩に出掛けた。
時は八月中旬。
熱い太陽の日差しが、容赦なく僕たちに、照り付けて来た。
僕たちは日陰を選んで、当てども無く歩いた。
僕たちは、お腹を空かせていた。
とにかく、病院の食事は、量が少ない。
全部完食して、腹七分というところだ。
僕たちはさっき、昼食を食べたばかりなのに、もうお腹を空かせていた。
丁度その時、スーパーの横を通り過ぎた。
僕は、本橋さんに提案した。
「ねえ、このスーパーでお弁当買って、そこら辺で食べない?」
「いいね。俺も、お腹空いちゃったよ!」
スーパーには、何種類ものお弁当が、置いてあった。
僕は生姜焼き弁当を、本橋さんは唐揚げ弁当を買った。
僕たちは歩道の手すりに腰掛けて、弁当を食べ始めた。
時計の針は、午後二時を指していた。
僕は何だか、複雑な気持ちになった。
平日の午後二時過ぎに、道端で弁当を食べている自分が、情けなくなってきた。
明らかに、社会の歯車から、外れてしまっている。
道行く人は、皆、忙しそうに通り過ぎて行く。
道端で弁当を食べている僕たちには、まるで関心が無い様だ。
僕は誰かに、構って欲しかった。
こんな道端に座って、弁当なんか食べるなと、注意して欲しかった。
𠮟りつけて欲しかった。怒鳴りつけて欲しかった。
しかし、皆、忙しそうに通り過ぎて行くだけだった。
高度に発展した資本主義社会において、重度の精神疾患患者など、目に見えない存在なのだ。