入院闘病記(開放病棟) PR

入院闘病記(開放病棟) リーゼントマン、本橋充 第9話

最近僕は、休憩室で時間を過ごすことが多かった。

テレビを観たり、マンガを読んだり、渡辺さんとお喋りをしたりしていた。

そんな中、気になる人物が一人居た。

いつも休憩室には入ってこようとせず、外の廊下から、テレビを観ている人がいた。

小柄で痩せていて、まだ幼さの残る顔立ちをしていた。

なぜか髪型は、ばっちりとリーゼントで決めていた。

いつも何やら、ブツブツと独り言を言っている。

向こうも、僕の事を気にしている様で、何かの折に触れ、互いの視線がぶつかる。

お互いに、意識しあっている様だ。

そんなある日の夕暮れ時、僕が休憩室で缶コーヒーを飲んでいると、リーゼントマンが僕に話し掛けて来た。

僕は、何だか嬉しかった。

「俺、本橋充。君、いつも缶コーヒー飲んでるよね。コーヒー、好きなの?」

「もうほとんど、中毒状態ですよ!コーヒーが切れると、落ち着かないんですよね。コーヒー飲むと、ハイになれるし。あ、僕、ひでまる。よろしく!」

「コーヒー好きに、国境は無いからね!よろしくね!」

僕は本橋さんに、好印象を持った。

コーヒー好きに、悪い人は居ないのである。

本橋さんは、僕に積極的にアプローチして来た。

「ひでまるさん、とっておきの物があるんだ!ちょっと、待っててね!」

そう言うと本橋さんは、自分の部屋へと戻って行った。

数分後、本橋さんは何やら瓶らしいものを持って、僕の所へ来た。

「これこれ。『ネスカフェ・ゴールドブレンド』!これで、ぶっ飛べるよ!」

本橋さんは紙コップ二つに、「ネスカフェ・ゴールドブレンド」の粉を入れ、お湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜた。

「これは、俺のおごり。一気に飲んじゃってよ!」

僕は勧められるまま、コーヒーを一気に飲み干した。

体中の細胞が一気に目覚め、心臓が激しく鼓動を打ち、僕は一気にハイになった。

本橋さんも続いて、紙コップのコーヒーを、一気に飲み干した。

僕たちが意気投合するのに、それほど時間は掛からなかった。

僕と本橋さんは、次の日のお昼過ぎ、一緒に散歩に出掛けた。

時は八月中旬。

熱い太陽の日差しが、容赦なく僕たちに、照り付けて来た。

僕たちは日陰を選んで、当てども無く歩いた。

僕たちは、お腹を空かせていた。

とにかく、病院の食事は、量が少ない。

全部完食して、腹七分というところだ。

僕たちはさっき、昼食を食べたばかりなのに、もうお腹を空かせていた。

丁度その時、スーパーの横を通り過ぎた。

僕は、本橋さんに提案した。

「ねえ、このスーパーでお弁当買って、そこら辺で食べない?」

「いいね。俺も、お腹空いちゃったよ!」

スーパーには、何種類ものお弁当が、置いてあった。

僕は生姜焼き弁当を、本橋さんは唐揚げ弁当を買った。

僕たちは歩道の手すりに腰掛けて、弁当を食べ始めた。

時計の針は、午後二時を指していた。

僕は何だか、複雑な気持ちになった。

平日の午後二時過ぎに、道端で弁当を食べている自分が、情けなくなってきた。

明らかに、社会の歯車から、外れてしまっている。

道行く人は、皆、忙しそうに通り過ぎて行く。

道端で弁当を食べている僕たちには、まるで関心が無い様だ。

僕は誰かに、構って欲しかった。

こんな道端に座って、弁当なんか食べるなと、注意して欲しかった。

𠮟りつけて欲しかった。怒鳴りつけて欲しかった。

しかし、皆、忙しそうに通り過ぎて行くだけだった。

高度に発展した資本主義社会において、重度の精神疾患患者など、目に見えない存在なのだ。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA