入院闘病記(開放病棟) PR

入院闘病記(開放病棟) 母の涙 第7話

僕は頻繁に、母に面会に来てもらった。

これは、僕が寂しがり屋で、マザコンだからでは無い。

これは、僕なりの作戦だった。

退院が早い人の傾向として、退院後の受け入れ先が、しっかりしていることが挙げられる。

病気が良くなっても、退院後に引受先が無い人は、退院できない。

この様な状態を、「社会的入院」という。

この様な人達は、十年、二十年と、長期間に渡って入院することになる。

可哀そうな人達である。

僕はそうならない為に、母を頻繁に病院に呼び、実家との関係が非常に良好であることを、病院側にアピールした。

母には、毎週金曜日に面会に来てもらった。

とある金曜日の午前中、僕は母と連れ立って、ららぽーとに食事に行った。

一階フロア―の奥にある、「七福」というラーメン屋に入った。

店全体が木で作られた、落ち着きのあるレトロな感じの店だった。

僕と母は、味噌ラーメンを食べながら、色んなことを話し合った。

「ひでまる、病気の方は良くなったの?幻聴は、まだ聴こえるの?」

「ううん。幻聴は、もう無くなったよ。公安当局に監視されてるとか、家の中を監視カメラで見られてるとか、そういった幻覚、妄想も、無くなったよ。最近大分、落ち着いてきたよ」

「良かった。母さんも一安心だわ。じゃあもう、自分が祖国統一するとか、民族の英雄になるとか、そういう妄想も無くなったのね?」

母さんは、目を大きく見開いて、僕の目を見つめて来た。

僕は答えた。

「母さん、それは妄想じゃあ無くて、僕の夢なんだよ。池田病院を退院したら、専門学校に通って、弁護士になるんだ!弁護士になったら、祖国統一の為に活動したいんだ。それが僕の夢なんだ!」

母さんは鬼の様な形相で、僕を睨んできた。

「まだお前は、そんな馬鹿なことを言ってるのかい?お前に祖国統一なんか、出来る訳ないだろ!そもそもお前が、司法試験に合格するはず無いだろう!夢見るにも、程があるんだよ!」

「そんなこと、挑戦してみないと分からないだろ!何でそんな、酷い事言うんだ?」

「そんな馬鹿な事ばかり言ってないで、退院したら、池田病院が運営している『みつば会共同作業所』に入って、働いた方がいいんじゃないの?もっと、現実を見ないと駄目だよ、ひでまる!」

母は、一歩も引く気が無い様だ。

僕も、負ける訳にはいかない。

「そんなこというんだったら、俺生活保護を貰って、実家から出て、一人で生活するから!」

母の顔色が変わった。

「そんな寂しい事言わないで、実家で一緒に暮らしましょう。ひでまるの好きな勉強を、好きなだけすればいいわ」

とうとう、母さんが折れた。

「そうそう、お姉ちゃんが、お前の事ばかり心配してるよ。本当にあの子は、弟思いの子だよ。子供が居ないもんだから、お前を自分の子供みたいに思って、心配してるよ」

「姉さん、元気?旦那さんと、上手くやってる?久しぶりに、姉ちゃんの顔が見たいな」

「姉ちゃんも、お前に会いたがってるよ。全く……元気な時はケンカばかりしてたのに、お前が病気になったら、急に仲良くなるんだから、変なもんだよ。お前はずっと、入院してた方がいいかもね」

「なんでそんな酷い事、言うんだよ!あんな監獄みたいな所、一日だって御免だよ!多分、もうすぐ退院できると思う。俺より姉さんの方がヒステリックな所があるから、ちょっと医療保護入院した方が、良いかもしれないよ」

「お前たち、ケンカばかりしてるからね」

「姉ちゃんが、気がキツイところが悪いんだよ。あれは、もはや病気だね。入院させないと。うん。絶対、その方が良いよ!」

「何、馬鹿な事、言ってんだよ」

母は、苦笑いを顔に浮かべた。

「さあ早く、残りのラーメン食べて、行きましょう」

僕らは無言で、黙々とラーメンを食べ、店を後にした。

母と一緒に、川の土手を散歩した。

ららぽーとから南へ十分程歩くと、剥き出しのコンクリートで作られた、急勾配の階段に突き当たった。

僕と母は、息を切らせながら、階段を一段一段、上がって行った。

上まで辿り着くと、眼下に青空を映した川と、その辺り一帯に、緑が生い茂っていた。

八月上旬という事もあり、気候は暖かく、肌に当たるそよ風が気持ち良かった。

僕たちは、緑の上に腰掛けた。

遠くから、蝉の鳴き声が聞こえる。

僕は、川辺で遊ぶ、子供たちを眺めていた。

ふと、横を見ると、母が涙を流して泣いていた。

母は震える声で、僕に語り掛けた。

「ひでまる……こんな病気になってしまって……母さんが悪いんだよ……済まないね……出来ることなら、母さんが代わってあげたいよ……」

「何を言うんだよ!母さんは、何も悪くないよ!専門学校に四回も行かせてもらって、本当に感謝してるよ。何をやってもモノにならなくて、どこへ行ってもイジメられる、僕が悪いんだよ。母さんには、一杯苦労掛けたね。本当にありがとう」

僕は泣きながら、母さんの背中を、掌でさすった。

何度もさすった。

いつまでも、いつまでも……。

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