僕は完全に、眠気が吹き飛んでしまった。
腕時計を見ると、午前五時を回っていた。
僕は足早に自分の部屋に戻り、布団の中に潜り込んだ。
周りを見渡すと、まだ皆、深い眠りの底だ。
朝焼けが閉鎖病棟の窓から、容赦なく入り込んでくる。
僕は目を閉じて気を静め、先ほどの小川さんとの、刺激的な会話のやり取りを、思い起こした。
その時である!
廊下の先のトイレの方から、
「チクショウ!」
「コンチクショウ!」
という、叫び声が聞こえて来た。
僕は声の主が誰なのか、すぐに分かった。
麻生一郎さんだ。
腕時計を確認する。
午前五時半。
麻生一郎……。
目つきが悪く、ガリガリに痩せた、六十五才の小悪党。
毎朝五時起きを日課とし、常に雑用を探し求めて、うろうろしている。
この人が変人であることは、第一印象ですぐに分かった。
人間というのは、人相でどういう人間かが、大体分かってしまうものだ。
僕は入院以来、麻生さんには近づかない様にしてきた。
しかし、今朝は小川さんと二人きりで、話せた高揚感からか、単なる好奇心からか、奇声の聞こえるトイレに、行ってみることにした。
薄暗い廊下を抜け、左手にあるトイレに入る。
麻生さんが一生懸命、ゴミ箱の中身を、袋に移し替えていた。
僕は、明るく元気に声を掛けた。
「麻生さん、毎朝早いですね!お疲れ様です!」
「なんだ、ひでまるか。今朝は早いな。トイレ掃除は、今俺がやってるから、手出すんじゃあ無いぞ!それと、緑茶の機械は、六時にならないと動かないぞ!」
「はい。はい」
何を隠そう麻生さん、仕事(雑用)と新聞と、緑茶が命である。
それを取ろうものなら、鬼の形相で襲い掛かってくる。
僕は、麻生さんが嫌いだった。
顔が嫌いだった。
体格が嫌いだった。
仕草が嫌いだった。
全てが嫌いだった。
こういう変人とは、関わり合いにならないのが一番である。
僕は、早々にトイレを後にした。