入院闘病記(閉鎖病棟) PR

入院闘病記(閉鎖病棟) 生活保護 第14話 

とある日の昼下がり。

僕はいつもの様に、部屋で寝そべりながら、読書に励んでいた。

完全に、自分の世界に入っていた。

そこへ、音も無く、人影が忍び寄って来た。

僕は人の気配に気づき、後ろを振り向いた。

そこに立っていたのは、ケースワーカーの阿部吾郎だった。

第一印象から嫌いだった宿敵である。

憎いくらい端正な顔立ちをしており、髪はオールバック、体格が良く、人を威圧する雰囲気を、全身から醸し出している。

常に人を見下した表情を、顔に浮かべている。

僕はこのケースワーカーが、大嫌いだった。

しかし、なんとその阿部吾郎が、優しい口調で、僕に話し掛けてきた。

「ひでまるさん、最近体調は良いようですね。良かったです。病棟の雰囲気には、馴染めましたか?」

「はい。そうですね」

僕は短く答えた。

阿部は急に、表情を険しくして言った。

「ひでまるさん、今日は大事な話があって来ました。良く聞いてください。ひでまるさん、最近は体調も良く、気分も落ち着いてきて、近々退院の日も近いと思います。そこで、ひでまるさん、退院した後どうするつもりですか?」

「はい。色々と考えたのですが、実家に帰って、両親の世話になろうと思います」

僕がそう答えた途端、阿部は表情を曇らせて、強い口調でこう言った。

「ひでまるさん、君は何も分かってない!いつまでも実家に甘えてちゃあ、駄目なんだよ。君ももう三十六歳なんだし、精神的にも経済的にも、親から自立しないと駄目なんですよ。分かりますか?そう!退院したら、生活保護を貰いましょう!生活保護を貰って一人暮らしをして、親元から自立しましょう!」

「生活保護!……いや……僕は、実家に帰ります」

「何を甘えたことを言ってるんですか!ひでまるさんの様なケースは、皆、生活保護を貰って、自立してるんですよ!僕はケースワーカーですよ!ケースワーカーの助言を、素直に聞いたらどうですか!」

阿部はここぞとばかりに、畳みかけてきた。

何と憎たらしい奴だろうか!

確かに、言っている事は筋は通っている。

しかし、阿部の助言だと考えるだけで、無性に腹が立つ。

(何でこいつは、こんなにカッコいい顔をしてるんだ!)

(何でこいつは、こんなに髪型が、バッチリ決まってるんだ!)

(あー、腹が立つ!)

僕は、この憎きケースワーカーの助言を、キッパリと断った。

「悪いんですが、僕は生活保護は貰いません。退院後は実家に帰って、落ち着いたら介護の仕事をするつもりです。これが色々と考えた末の、僕の結論です!」

「は?!ケッ!」

阿部は、一言言葉を吐き捨てて、その場を去って行った。

もはやそこに、ケースワーカーの面影は無く、その後ろ姿はただのチンピラだった。

僕は、去って行く阿部の背中に、その人間性を垣間見た気がした。

生活保護。

生活保護を国から貰うべきか、否か。

これは精神疾患患者が、避けては通れない問題である。

憲法二十五条一項で、生活保護が規定されている。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

何て素晴らしい文言だろう!

これぞ、精神疾患患者の最後の最後の砦である。

働けなくても、国から生活費を貰えるのである!

日本とは何と素晴らしい国なのだろうか!

社会的弱者を保護してくれる、正に社会主義国家である。

僕も国から、生活保護を貰うことについて、反対している訳では無い。

ただ、自分で働いて、お金を稼ぎたかったのである。

まだ自分は社会人としてやり直せる!、と思ったのである。

この頃僕は、退院したら介護ヘルパーになろうと思っていた。

夢多き青年だった。

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