入院闘病記(閉鎖病棟) PR

入院闘病記(閉鎖病棟) ハンガーストライキ 第10話 

東病棟の人達も、西病棟の人達も、保護室の人達も、皆、根は良い人達ばかりであり、彼らには共通点があった。

皆、寂しがり屋で、友達を必要としていた。

そんな寂しがり屋の一人で、病棟内で変人扱いされていたのが、僕と同部屋の堀口守君である。

まだ幼さの残る、中学生の様な顔つきをした、真面目そうな青年である。

食事以外の時間は、独りで部屋で過ごし、何やら黙々と勉強している。

常に他人を寄せ付けないオーラを、全身から発していた。

ある日、僕は勉強中の堀口君に、思い切って話しかけてみた。

「ねえ、堀口君。何の勉強を、そんなに熱心にしてるの?」

「ああ……僕、実は弁護士を目指してるんだ。出世して、世の中の人達を、見返してやるんだ!その為にも、もう一度受験勉強をし直して、一流の有名大学に入るんだ!だからこんな病院、一日も早く退院してやるんだ!僕は病気じゃあ無いんだ!どこも悪くないんだ!」

「大丈夫だよ。堀口君なら、直ぐに退院できるよ。それに何を隠そう、僕も弁護士を目指してるんだ!お互いに頑張ろうね!」

「うん」

この頃僕は、祖国統一を成し遂げるためには、自分は公認会計士では無く、弁護士になる必要があると思い始めていた。

知り合ってまだ間もない僕には、堀口君は勉強熱心で、真面目な好青年にしか見えなかった。

しかし、一週間、二週間と共に生活を送っていく内に、彼の変人ぶりが、明らかになっていった。

どうやら堀口君は、一刻も早く、この廃人たちの巣窟である閉鎖病棟から抜け出したいらしい。

もう入院して、五か月になるらしい。

本人の話では、病状も安定してきており、至って元気で、退院しても何ら問題は無いという。

それなのに、悪徳病院長、池田光治が、病院の赤字経営を解消するため、入院病棟のベッドを全部埋めるため、自分を不当に長期間、拘束しているのだという。

「ひでまるさん、僕は抗議行動に打って出て、一刻も早くこのコンクリートの檻の中から、出てみせるよ!」

彼がまず始めたのは、ハンガーストライキだった。

彼はある日を境に、朝、昼、夕の全ての食事を、口にしなくなった。

「こんな不味い飯、誰が食えるか!」

真面目な堀口君の口から出た言葉だとは、信じられなかった。

一週間、二週間、と経つうちに、ポッチャリしていた堀口君の顔は、日増しにやつれて行った。

看護師たちの説得にも、全く耳を貸そうとはしなかった。

彼の頬は、すっかりこけてしまった。

しかし、閉鎖病棟の影の主である、鈴木圭吾さんの説得により、やっと堀口君は、食事を摂る様になった。

何はともあれ、一安心である。

真面目で内気な堀口君にとって、精一杯の抵抗であったのであろう。

これでまた閉鎖病棟に、平穏で安らかな日々が、戻ってくると僕は思った。

しかし、この希望的観測は裏切られることになった。

堀口君は、またしても反乱を起こした。

堀口君は、そう簡単には外の世界に出られないことを知ると、看護師長の林修さんに、こう訴えた。

「僕を今すぐ退院させろ!さもないと弁護士を雇って、この病院を訴えるぞ!今すぐ、この旨を院長に伝えろ!」

林さんは困り切った表情を浮かべた。

「分かりました。堀口君の希望は、ちゃんと院長先生にお伝えしておきます。そんなに興奮しないで下さい」

この日以来堀口君は、病棟内で林看護師長を見つけると、しつこく付きまとい、院長先生に自分の退院の件を、伝えたのかと問い詰め、仕事の邪魔をする様になった。

完全なる営業妨害である。

勉強している時の大人しい堀口君からは、想像も出来ない二重人格ぶりであった。

林さんに対して抗議するその姿は、常軌を逸した変人であった。

僕は自然と、堀口君と距離を置く様になっていった。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA