入院闘病記(閉鎖病棟) PR

入院闘病記(閉鎖病棟) BIG 3、堤勇太 第11話

精神病院の閉鎖病棟。

そこにおける人間関係は、閉鎖的で抑圧的で、重苦しい。

強い者が弱い者を支配し、イジメが常に横行している。

主に目を付けられたら最後、もはやそこで生き抜くのは、至難の業だろう。

弱い者は主の保護下に置いてもらえるように、許しを乞わなければならない。

弱肉強食の世界である。

僕は最近になって、やっと閉鎖病棟の面々とも打ち解け、入院生活をそれなりに楽しめる様になっていた。

ある日、新顔が僕の大部屋に来た。

「俺、堤勇太。よろしく。これで池田病院に入院するのは五回目。また、戻って来ちゃったよ。俺、ここの常連なんだ、へへへ」

部屋に着くなり、荷物の整理もそこそこに、堤さんは一人でまくしたて始めた。

「あ!稲垣さんじゃないですか!また、会いましたね。よろしく!」

僕は、遠巻きに堤さんを観察した。

顔はゴリラの様な顔つきをしており、髪は肩まで伸ばしていて、体格が良い。

その日を境に、堤さんのお喋り劇場が始まった。

堤さんは、朝となく夜となく、喋り続けた。

今日の犠牲者は僕だった。

「ねえ、ひでまるさん。ちょっと聞いてよ。看護師に超イカした、美人のお姉さんが居るんだけど、絶対俺に、気があるよ!絶対俺のものに、してみせるよ!女を口説くことに関しては、自信があるんだ。まあ、見てなよ!」

なんだか堤さん、ノリに乗っている様に見えた。

この日を境に、看護師の岡田朋美さんは、ストーカー被害を被ることになった。

堤さんは悩み事があると言っては、事あるごとに岡田さんに、相談するようになった。

岡田さんは仕事上仕方がないので、初めはナースステーションで堤さんの相談に乗っていたが、そのうち毎日の様に、堤さんがナースステーションに押しかけ、住み着いてしまった。

こうなったらもう、営業妨害、犯罪である。

ある日、堤さんが僕の事を、

「ハゲ!」

と、罵ったので、僕は、

「もう二度と、僕に話し掛けないで下さい!」

と、言った。

すると、堤さんは落ち込んだ顔をして、ナースステーションの岡田さんの所へ、走って行った。

それから延々と二、三時間、岡田さんに泣きつき、僕にどんな酷い仕打ちを受けたかを、吐露した。

何とも哀れな姿であった。

岡田さんは表面上、親身になって話を聞いていた。

僕はその様子を、食堂の椅子に座って、ナースステーションの外から見ていた。

堤さんが自分の部屋へ帰っていくと、岡田さんは大声で叫んだ。

「あいつ、キモイ!ウザイ!」

(哀れ、堤……)

ここまで来ると、もはや同情してしまう。

またある日、堤さんが岡田さんに、何やら手紙らしきものを、こっそりと渡していた。

岡田さんは中身を読みもせず、その手紙をゴミ箱に捨ててしまった。

僕は偶然、その現場を見てしまった。

(哀れ、堤……)

堤さんの余生に、幸あることを祈るばかりである。

堤さんは池田病院に入院五回目ということもあり、患者たちの間で、顔が広かった。

態度も大きく、いつも誰かを捕まえて、お喋りしていた。

また、気に入らない奴には情け容赦なく、圧力を掛けた。

真っ先に目を付けられたのが、同部屋の吉田洋治君だった。

吉田君はひとり部屋で、ゲームの攻略本を読んでいることが多かった。

そこへ堤さんが上から目線で、吐き捨てる様に言った。

「よう、吉田!ちょっと千円貸してくれよ!」

「僕、千円も持ってないよ」

「何だよ、嘘つけ!千円くらい持ってるだろう!この前、親と面会した時に、小遣い貰ってるの見たぞ!早く、貸せよ!」

堤さんは、吉田君に執拗に迫った。

「吉田!お前、皆に嫌われてるぞ。知ってるか?はっきり言って、お前、ウザイんだよ!」

完全に吉田君、堤さんに目を付けられてしまった様だ。

また、別のとある日のこと。

堤さんが吉田君に凄んで見せた。

「おい、吉田!俺、腹減ったから、お前のお菓子、分けてくれよ」

「僕、余ったお菓子なんか無いよ」

「嘘つけ!お前がロッカーに、お菓子隠してるの知ってるんだよ!早く取って来いよ!」

吉田君は、泣きそうな顔で言った。

「あれは、明日の分なんだよ……。絶対に駄目だよ……」

「何、けち臭い事言ってるんだよ!早く持って来いよ!」

「だって……だって……」

吉田君は、泣きながらロッカーへ向かった。

誰も、吉田君を助ける者はいなかった。

僕はこの様な二人のやり取りを、度々見て見ぬふりをして、観察していた。

ここ池田病院精神科三階閉鎖病棟において、「影のビッグ3」と呼ばれる人たちがいた。

鈴木圭吾さん、坂上直人君、そして堤勇太さんである。

この三人が、常に幅を利かせていた。

皆、この三人の顔色を窺いながら、生活していた。

吉田君も勿論、その中の一人だった。

僕は吉田君が、堤さんにイジメられているのを、遠巻きに見ながら、秘かにほくそ笑んでいた。

心は浮足立ち、もはや、ルンルンであった。

堤さんが頼もしくさえ見えた。

敵の敵は味方である。

僕をハゲ呼ばわりした吉田洋治を、徹底的に潰して欲しかった。

吉田君は堤さんに目を付けられてから、すっかり大人しくなってしまった。

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