入院闘病記(閉鎖病棟) PR

入院闘病記(閉鎖病棟) 親友、現る 第7話

雲一つ無い良く晴れ渡った、晴天の日の昼下がり、皆、食堂横の休憩室でぼーっとテレビを観ていた。

僕は鉄格子越しに、外の景色を眺めていた。

今日も平和な一日が、過ぎ去ろうとしていた。

僕は何の違和感も無く、完全に閉鎖病棟の風景に溶け込んでいた。

完全に廃人の一員であった。

僕はそこに、自分の居場所を見つけつつあった。

外の社会では、僕はいつもイジメの対象で、つまはじき者だった。

いつも「ハゲ!」、「デブ!」と罵られ、無視され、イジメられた。

しかし、この閉鎖病棟において、僕はある種の、居心地の良さを感じていた。

そんなある朝、三階閉鎖病棟の鉄の扉が、音を軋ませながら、ゆっくりと開いた。扉の向こうには、三人の男の人が立っていた。

看護師の山崎快さんと橋本和男さんと、見知らぬ人であった。

直感ですぐに、新入りだと分かった。

僕は新入りを、素早く観察した。

背は百六十センチ位、肌は浅黒く日焼けしており、顔はまだ幼さを残している。そして何よりも、異様に腹だけが出っ張っていた。普通の肥満体とは、ちょっと違っていた。

僕と目が合うと、恥ずかしそうに目を逸らした。

山崎さんと橋本さんに連れられて、ナースステーションの中に入って行った。

僕は何気ない素振りを装い、ナースステーションの中を観察した。何やら新入りが、看護師達に説明を受けていた。

暫くして、新入りは一人でナースステーションから出てきた。

おどおど周りを見回していたが、僕の姿を確認すると、一直線にこちらへやって来た。

「僕、渡辺広木。アルコール依存症なんだ。そのせいでお腹がほら、この通りポッコリ。よろしくね!」

「僕、ひでまる。よろしく。僕もここに入って、まだ日が浅いんだ」

僕と渡辺さんが打ち解けるのに、そう時間は掛からなかった。

僕はいつも渡辺さんと、行動を共にする様になった。

渡辺さんは良く喋った。

年齢は五十歳であること。

離婚歴があること。

成城大学卒であること。

元宝石店の営業マンであったこと。

アルコール依存症でお腹が出っ張ってしまったこと、等。

過去の女性遍歴についても、色々と語った。

僕も自分の過去を、包み隠さず渡辺さんに話した。

今まで五回もイジメに遭い、専門学校を退学したこと。

十年間も公認会計士試験に挑戦したこと。

二度の医療保護入院のこと等、全てを打ち明けた。

僕は、渡辺さんと親友になった。

朝となく夜となく、一緒に居た。

とある金曜日、週に二回のお風呂の日。

昼二時、渡辺さんが僕に言った。

「ひでまるさん、お風呂の時間だよ!行こう」

「あいよ!行こう」

僕たちはその他の仲間たちと一緒に、看護助手先導のもと、二階のお風呂場へ行った。

脱衣所で僕は、何気なく渡辺さんの一物を盗み見た。

それは、巨大であった。

渡辺さんは全裸で、自分の巨大な一物を、女性看護助手に見せつける様に、接近して行った。

「いやあ、前田さん、今日は暑いね。こんな日は、風呂が一番だよ!」

渡辺さんは、話しながら腰を振る。

渡辺さんの巨大な一物が、ブラブラと左右に揺れる。

前田祥子さんは顔を赤らめ、視線を逸らして、

「はい、そうですね。本当に」

と、短く答える。

渡辺さんは前田さんの赤い顔を見て、満足そうに浴室の方に、歩いて行った。

完全なるセクハラである。

前田祥子さんは、癒し系のポッチャリ美人である。

いつも三階の閉鎖病棟を走り回って、一生懸命に働いている。病棟内での好感度ナンバーワンである。

前田さんに言い寄る患者は多い。

正に砂漠の中のオアシスであった。

僕もよく、前田さんに話しかけることが多かった。

前田さんは看護助手であるため、仕事上、男性のお風呂場に出入りすることが多かった。

僕は自分の裸を見られることに、一種のエクスタシーを感じていた。

見られる快感は、マゾ男にとっては堪らないものだ。

僕も渡辺さんの真似をして、全裸になって、前田さんに話しかけるのである。

前田さんは、その度に顔を赤らめた。

僕は前田さんのそんなところが、とても好きだった。

僕が体を洗っていると、前田さんが近づいてきて、

「ひでまるさん、あまり長いことお風呂に入ってると、職員たちに嫌われるよ。早く出な」

と、囁いた。

「うん。分かった」

僕は、前田さんが圧力を掛けてきたことが嬉しかった。

美人に掛けられる圧力ほど、美味しいものは無い。

マゾ男にとって、最高のご褒美である。

隣を見ると、渡辺さんが一生懸命お尻を洗っていた。

渡辺さんは、何かと僕に絡んで来た。

僕はそんな渡辺さんを、可愛く思った。

渡辺さんはよく、僕の部屋に遊びに来た。

「ねえ、ひでまるさんは女の子と寝たことある?」

「ははは、正直なところ、僕この歳まで、まだ童貞なんだ。お恥ずかしながら」

「へえー、今時珍しいね。でも、恥ずかしがること無いよ。僕は、三十人位の女の子と寝たかな。下は二十代から、上は六十代まで。営業先の地方の旅館で、ナンパしたこともあったかな」

「へえー、凄いですね!ナンパ師ですね!その時のことを、詳しく聞かせて下さいよ」

「俺、宝石の営業をやってたんだけど、あれは福岡に、地方営業に行った時のことだったかな。俺が泊まっていたホテルの一階のラウンジのバーで、美人の熟女が、独りで飲んでたんだ。俺がバーのカウンターに腰掛けると、その美熟女と目が合ったんだ。彼女、微笑んで来たんだよ。ロック・オン!その時俺は、ナンパモードに入ったね!」

「どうやって口説き落としたんですか?」

「俺に掛かったらイチコロよ。まずはアイコンタクトで攻撃開始さ。向こうが警戒モードを解いたのを確認したら、かたっ苦しい挨拶は抜きにして、一気に攻め込むんだよ!」

「へえー!」

「『奥さん、お一人ですか?良かったら、ご一緒させて下さい。僕に一杯、奢らせて下さい』……と、まあこんな感じだよ」

「超積極的ですね!恐いもの知らずですね」

「女は男が誘ってくるのを待ってるんだよ」

「そんなものですかね」

「早くお股開きたくて、うずうずしてるんだよ。後は酔わせて、自分の部屋に連れ込めば、一件落着!」

「そんな簡単に行くもんですかね?」

「優秀な営業マンとは、即ち、究極のナンパ師のことだよ!女の心を掴めない奴は、お客の心も掴むことは出来ないね」

「なるほど!いや、勉強になります」

「さてと、今日のナンパ講座はこの辺にして、もう寝るか」

渡辺さんは満足そうに、自分の部屋へと戻って行った。

渡辺さんは良く、ナースステーションの横の廊下で、看護師の岡田朋美さんと話し込んでいた。

どうやらお互い、気が合う様だ。

岡田朋美さんは四三歳、成城に住むお金持ちのお嬢様である。

なかなかの整った顔立ちで、清楚な美人である。

美乳で、腰がキュッと引き締まっている。

四三歳ということで、良い感じに熟している。

今が食べ頃である。

岡田さんは、僕にも良く話しかけて来た。僕はそんな岡田さんを、冷たくあしらった。

僕の心の中には、いつも小川尚子さんが居たからである。

小川さんは僕にとって、ご主人様、永遠の女王様であった。

渡辺さんも岡田さんに話しかけられて、嬉しそうにしている。

満更でもなさそうだ。

最近では、岡田さんが何だかんだ仕事を作って、渡辺さんの部屋を訪れていた。

夕暮れ時、二人の楽しそうな話し声が、三階閉鎖病棟内に響き渡った。

渡辺さんの周りには、不思議と自然に、人が集まって来た。

八人位の「渡辺ファミリー」が出来上がっていた。

僕もその内の一人だった。

皆が集まると、話題はいつも女の話である。

「渡辺ファミリー」の一人、シャイボーイ、柏木優矢が、苦悩の表情で切り出した。

「渡辺さん、僕、今年で四五歳なのに、未だに女の人と、手も繋いだこと無いんですよ」

「柏木君、それは重症だよ。今度、俺と一緒にナンパに行こう!そうだな、新宿、いや、原宿がいいかな。いつまでも、右手が恋人じゃあ駄目だぞ!」

「はい、師匠!ご指導の程、よろしくお願いいたします!」

「渡辺ファミリー」が集まると、女の話ばかりである。

そんな僕たちを、少し離れた所から、岡田さんが微笑みながら見守っていた。

僕が閉鎖病棟に閉じ込められて、一か月半が経とうとしていた。

皆それぞれのやり方で、永遠ともいえる時間をやり過ごしていた。

考え事をする者。

お喋りをする者。

女看護師を口説く者。

読書する者。

一日中寝ている者。

色々である。

閉鎖病棟という密閉された空間の中で、職員と患者という、完全なる上下関係が出来上がっていた。

職員たちは権力を持って、無防備な患者達を踏みにじった。

患者たちはトイレに行くにも、看護師の許可が必要であった。

抵抗する者、声を上げる者は、誰一人いなかった。

皆、口を閉ざすことに慣れていた。

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